2017年4月25日火曜日

萬代橋ブルース完結編



早朝の岩室温泉





ひとり


宿を出てまだ人の気配を感じない道



右手には松ヶ岳




さり気なくそっと毛布をかけられた様な、なんとも優しく包み込んでくれる安心感が舌の上でフワッと広がる新潟の地酒にやられて昨夜は早々に寝てしまった。


旅に出ると早起きになる


いつもそう。


そしてやっぱり空気がおいしいのです

キリッと

ヒヤッと

まだ誰も吸っていない一番風呂ならぬ一番空気


その中をランニングへ出かけた




リハビリセンターの角を曲がりしばらく走ると


一帯には畑が広がっていた





道端に目をやると、そこにはしっかり春が訪れている






小さい頃

血眼になって探した記憶がよみがえり

見つけた時にはやはり嬉しくなる


アスファルトの道より土の上を走る方が柔らかくて足への負担が少ないのかどうかはわからないが、なんとなく農道を走った。


土の匂いや感触を感じながら走っていると、過去へ向かって走っているようだ

山から吹き降りてくる風は妨げるものがなく僕のところまで山の匂いを運んでくる

ここにはなかったものが遠くからやってきて頬に触れると 

ますます自分の居場所がわからなくなる


そんな

なんとも不思議な感覚の中


気がつくと

少し背が伸びた気がする

そして足がついさっきより重いのだ


立ち止まってランニングシューズに目をやると


ベッタリと馬糞が、、、


シューズの裏に3センチほど


「うわ、、、」


なんとも言えない柔らかな違和感を感じながら

アスファルトの道に戻り

トントンしたり、道に擦り付けてみたがなかなか取れない

四苦八苦していると知らないうちに車が近づいていて轢かれそうになった。




なんとかやり過ごし

宿の近くまで戻って来た。




こういうなんでもない風景こそ

ちょっとした路地裏にこそ

そこに住む人たちの、ささやかだけど

かけがえのない日常の物語がいくつも見え隠れする気がする


大切に大切に

大切に育まれたいくつもの命


尊い時間の宝箱があちこちに眠っている。


そう感じる度に、僕は知らない街に来て本当に良かったと思うのだ。


宿に帰り、玄関横の水道ホースを勝手に使わせてもらいシューズを洗った



朝風呂に入ることも楽しみの一つ


濃厚な温泉ともなれば最高だ。


鼻の奥の馬糞の匂いも洗い流し

スッキリしたところで朝食である。  




今日もまた

いつの間にか起きていたマスター



嬉しそうに朝食の写真を撮っている図



ところで、宿の最も楽しみな食事は朝ご飯である。


朝食も階上の別室に用意されており、食事が済めば連絡してほしいと言われた


相変わらずマスターは

だらだらと話しながらゆっくり食べる

だらだら

だらだら

そうこうしているうちに僕は食べ終え、しばらく待ってはいたが


だらだら

だらだら




明日の朝まで続きそうな気がしたもので、先に部屋に戻ると言って食べかけのマスターを放って部屋に戻った。


そして

フロントへ電話をし

「食べ終えて部屋に戻りました」

と伝えた。


しばらくすると

足早に怒りながらマスターが帰ってきた。

「ひどいじゃないか、、、」


「まだ食べていたのに!」


マスターが言うには


朝食の残りを食べていると襖が盛大な音を立てて開けられた

それは女将さんなのだが

明らかに素の

完全に脱力した

ただただ手早く部屋の片付けに来た

ひとりの女性


もぬけの殻であろう部屋にはマスターがちょこんと座って食べ続けていた

お互いに意表を突かれて目を丸くして見つめ合う二人。



僕は涙を流して笑い転げたわけだが

マスターはその気まずさたるや、どれほど耐え難いものだったか

ということをワーワー言いながら説明する。


「もう!二度と来れないじゃないか!」


それが余計におかしくて

僕はやはり笑い転げていた。


その後


チェックアウトの時間になり、車が見えなくなるまで手を振ってくれているのをサイドミラーでチラチラ見ていると、ああまたいつか泊まりたいな

そう思える最高の宿だった。



山沿いの道をしばらく走り

車は一路、弥彦神社へ







珈琲が飲みたいね、と立ち寄った謎のこけし茶屋



そしてこの旅の最終目的地の珈琲屋へ




カウンターの奥の大きな黒い焙煎機に目を見張った。


何種類かのコーヒーをフレンチプレスでいただいた後






雑誌の写真風撮影会




そんなこんなで


あっという間の二泊三日のおっさん二人旅。


その夜はクルーズへ戻り一泊

旅のフィナーレを飾る宴




お揃いのカーブドッジのTシャツ



翌日は京都でライブだったので早朝に帰ることに


マスターが羽咋駅まで送ってくれた。


朝早かったのでクルーズで朝食は取れなかったのだが

マスターの奥さん、いっちゃんがおむすびを持たせてくれた




山下清画伯の放浪の旅に憧れますと僕が言うから、全国各地でおむすびを作ってくれる人がいる

なんて幸せなことなんだろう。


マスター

今度は船旅かね

荷物はなるべく少なくね


弥彦神社の前で飲んだ甘酒の味

あれは一生ものだね

大切にしたまえな


僕は残念ながらもう忘れてしまったよ



でも


人生に「また」はあるからね


次の旅の計画を立てよう


どうせ何も決まりやしないろうけど。



2017年4月18日火曜日

萬代橋ブルース後編の後編



なぜか

クラゲが水槽に漂う老舗の喫茶店を出て

古町の商店街を散策していると細い路地の奥に面白そうなお店を発見


またしても喫茶店



なんとも味のある

ママさん


と僕。

おすすめのハウスブレンドを飲んだら

さらに散策


古い商店街の古い文房具屋に入り

隣の古い本屋に入り

探していた本はここにもなく


夜になれば華やかな繁華街の本気を出すのであろうこの古町商店街であるが

昼間は老婆が押し車をおしながらトボトボとひとりで歩いていたり、シャッターが閉まってたたんでしまった店も多いようで、なんとも閑散としている。



マスターと二人

こちらもお婆さんにならってトボトボと商店街を抜け

ふと右手に目をやると


日本庭園を眺めながら贅を尽くした日本食が食べられるという

大きな門からお屋敷までが遠く、まるで寺か?というような料理屋を見つけ



そこには入らず


向かいの安そうな蕎麦屋に入った


僕たちは最初から蕎麦が食べたかったと


マスターはざるそばを注文し

僕が季節の天ぷら付きせいろをたのむと


先輩より高いものたのみやがって、とブツブツ言う


小さい先輩


それはつまり


年上の後輩


それはつまり

非常に世話が焼ける


実は有名店だった蕎麦屋で美味しく昼ご飯をいただいた後は

駐車場へ戻り

さあこれからどうするか

という

無計画な計画。


新潟に面白いワイナリーがある

旅に出る前からマスターが言っていたので

そのカーブドッジへ

一時間で到着

広い敷地内には雑貨屋や土産物屋、スパやホテルまである




マスターは何回か来たことがあるらしく

そのわりには結構迷いながら散策









ワインを買ったりしているうちにすっかり夕方になり


本日泊まる宿へ向かうことにする

これまた

ワイナリーへ向かう前の、先ほどの駐車場で携帯で調べた岩室温泉の小さな宿


小松屋へ





一日三組しか予約を取らないという老舗宿


よく当日に予約が取れたものだ




創業江戸末期の心のこもった丁寧な接客


僕は電話で予約を入れる時の

そのあたたかい対応に感動した


それで

実は宿にはいくつか候補があったのだけれど、迷わず小松屋に決めたのだ。

さて


中に入ってみると




これぞ日本


とても静かで

なんとも落ち着く




ライブラリーにビートルズのレコードを見つけてはしゃぐ後輩はステレオの使い方を教えてもらっていた




部屋に案内してもらい


ひとまずお茶で乾杯




そして

夕食までの間

岩室温泉屈指の源泉掛け流しの貸切風呂にゆっくり浸かる

温泉は泉質も素晴らしく濃い。

鉄分が多いため黒い湯で、足の裏が黒くなる

風呂に入ったのに炭で汚れているような。

シャワーで洗い流した後


部屋に戻り


お待ちかねの夕食はまた別の個室に用意されていた



嬉しそうな後輩



新潟の美味いお酒にやられて写真を撮り損ねてしまったが、本当に美味しい料理だった

こんこんと

話し続け

食べ続け

夜は更けてゆく





はぁ

また長くなってしまったので

まだ少し先はあるのだけれど

それはまた次のお話


次回こそ最終章。



2017年4月11日火曜日

萬代橋ブルース〜後編〜



「男の旅は綿密な計画から始まる」


とか言いながら


結局

泊まる宿さえ決めないまま出発してしまったおっさんふたり旅


北陸道を新潟へ向けて北上


助手席ではマスターが此の期に及んでiPhoneで行き先を調べているようだ


それでも僕にとっては少し懐かしい感覚でもあり。


3年前に全国へひとり旅した時も、海外ですら、昨年のニューヨークでも泊まるホテルを決めずに行き当たりばったりで当日になって探したんだった。


何とかなるものです


この日は平日ということもあり、どこかには泊まれるだろうと高速を走り続け


万代島の高層ホテルにチェックインしたのが22:00。


この埋め立てられた離れ小島

駅前でもなければ繁華街でもなく、妙に真新しい片側二車線の舗装道路には行き交う車もない


ホテルの周りはとっくに静まり返っていた。


そう言えば晩ご飯食べてないね


とかエレベーターで話しながら




27階の部屋へ荷物を降ろしたあと、3階のBARへ降りてみたらもう閉まりかけている


同じフロアの、これまた閉まりかけの売店で乾き物など、ちょっとしたおつまみを買いこんで部屋に戻り


冷蔵庫にあったウイスキーで乾杯





翌朝





27階からの眺望





気持ちの良い朝




マスターはまだがぁがぁ寝てるので


ひとり早朝ランニングへ





外へ出てみると早朝の澄んだ空気


というより


冷気


風もやや強く


寒い





それでも散策しながら3キロほど走った







萬代橋



橋を渡って街中へ



振り返ると雲に隠れたお日さまが






部屋に戻ったらテレビがついていて


いつの間にか起きていたマスターはベッドにちょこんと座ってテレビを眺めていた。


よく考えたら早朝ランニングに行くことなんて伝えてなかったし

途中でiPhoneの充電も切れていたけど

僕がいない事なんで全く気にならなかったようで


僕の顔を見るなり


「あら、シャワーしてるかと思ったよ」


だって。


そんな


初めてにして、お互い全く気を使う事のないおっさんふたり旅。


僕は年下なので


もっと気を使え


とか何度か注意されたけれど


全く気を使う気もなければ


なんなら後輩くらいに思っていたのです


さてと


まだ一拍しただけなのに随分長くなったので


後編としたけれど


もう少し続けて書こうかな。


次回はホテルをチェックアウトして新潟の古い商店が軒を連ねる古町の老舗喫茶店でモーニング




はい、マスター、写真を撮ってあげるよ


ポーズとってよ


「なんだこれ」

「写ってないじゃないか」


と怒る後輩


はっはっは。


それはまた次のお話。